Weekend In 心は L.A.

音楽と楽器、そして時々海外に

 

Chicagovich(2017) By Leonid & Friends 東側から来た男達(2)驚異的なサウンド

Leonid & Friends の第2回はサウンド面から。
メンバーを見ると、同じ楽器がダブっているのがわかります。
ギターが3人、ベースが2人、キーボードが2人。ボーカルはメインボーカルをとる人が4人位いて曲によって歌い分けている。シカゴの魅力の1つは、それぞれに個性のあるボーカリストがいること。初期なら、ロバート・ラム、ピーター・セテラ、テリー・キャスの3人。上手さでは前2者にひけをとるけど、テリー・キャスのあの無骨なボーカルが結構好きです。

トロンボーン2人、トランペット類3人、サックス5人。
サックスはテナー、アルトに加えバリトンもいるし、さらに驚くべきはホルンまで。(YouTubeで見る限りソプラノを吹いている人はいなかった。)曲によっては3声のサックスに、Tp,Tb,BTb(バストロ)と目茶目茶ゴージャスな編成の時もあります。ボルヴィエフ(Vorobyev)はアレンジは本職のようなので、ブラスアレンジはオリジナルを超えて楽しんでいるのでしょう。日本でも、テナーとフルートを持ち替えて演奏する人はいるけど、相当ゴージャスな管のメンバーです。


New York Times Square 2017.8

おそらく21名という編成は、オリジナルシカゴのように、固定メンバーで活動する普通のバンド形態ではなく、リーダーのボルヴィエフ(Vorobyev)が、シカゴの曲を録音するために音楽仲間を招集し、その時点の各人の都合(あるいは曲と楽器アレンジ)で曲ごとにメンバーを編成をしているのが原因なのではと想像します。
特に管のメンバーはどうみてもアマチュアではなさそう。ロシアにビッグバンドがどの程度あるのかわかりませんが。いや、チャイコフスキーからの音楽文化の国ですから、もしかすると普段はオーケストラで演奏してます、なんて人もいそうだな。

大人数編成になると、スタジオでの練習1つでも大変な手間になってくるので、ライブに向けて曲ごとに違ったメンバーで練習するなど考えにくいし、ライブ会場に21人で入り曲ごとに奏者がステージに出入りするなどまず考えられない。
ライブ活動のメンバー(YouTubeの動画が4つ位あります。)とスタジオ録音時の拡張メンバーが存在するのではないか、というのが今のところの推測です。ただ、ライブの管のメンバーは必ずしも固定していない感じです。ローテーションを組んでやっているのか、もう少し研究が必要です。

おっと、紅一点のKsenia(Kesenonaは通称か?)を忘れてはいけない。まさに正統派ロシア美人。
ボーカルも上手ですが、あまりに美人なので彼女が動画に写るとサウンドどころではなくなりますね。


New York Union Square 2017.8

CD Chicagovich は、ほとんどが初期レパートリーの有名曲をカバーしているので、おのずと初期メンバーのサウンドが中心となります。CDの全ての曲をオリジナルと聞き比べた訳ではありませんが、そのコピー度は驚くほど完ぺきです。

まず、ドラムとベースがほぼ完コピ状態。ドラムはロールやパラディドルなどの細かいフレーズ(というより、シカゴのオリジナルメンバー Daniel Seraphineの手癖)をそのまま再現しているのは、相当シカゴ愛が強いんだろうなと想像します。オリジナルドラマーを上回る技術をもった現代のドラマーが完コピしているので、リズムがタイトで聞いていて本当に気持ちがいい。

ボルヴィエフ(Vorobyev)のベースも完コピに相当こだわっていますね。
完コピというと、ソミドというフレーズをソミドと弾くことが完コピだと思っている方がいたら、それはちょっと違うよといいたい。ギターやベースならその音を何弦で弾いているか、弦の太さは、さらにどんな音質で弾いているかを追求していくのが完コピです。

例えば、Beginnings。(すいません、いきなりCD Chicagovichに無い曲をあげてしまった。これは2018.4時点で最新のYoutube音源です。2ndCDに入るのかな?)



ピーターセテラは、概ねフェンダープレシジョンベースを使っていましたが、初期のアルバムを聴くと、なぜかサスティンの短いボンボン、ポンポンという軽いベースサウンドになっている。プレベを普通に弾けばかなりサスティンの長いズーンという音質のはずだが、まるでヘフナーの箱ベースのような音。いくら録音が古いと言っても、こんな音にしか録音出来ない訳はない。考えられることとしては、ピーターがこういう音質のベースサウンドを好きで、右手(ひょっとすると左手)でミュートしながら弾く癖があったのではないか。この世代だと、1960年代のポップスを聞いて育ったので、あながち不思議ではない。このベース音の極めがBeginnings。オリジナルを聞けばすぐにわかります。

これをそのとおりの音質でコピーしていた。しかもプレシジョンベースで!
これはもしかすると‥‥YouTubeを見るとやはり想像どおりでした。

ボルヴィエフ(Vorobyev)の Beginnings でのベースプレイというかベースを見て下さい。
ベースのナット部分をよく見ると、変なものが巻き付いているのが見えませんか?
これは、テニスの時に腕に巻きつける汗とり用のリストバンドのようなものです。(テニス用よりもっと幅が狭いですが。)これをつけると、弦がナットのところで軽くミュートされてサスティンが短くなり、結果としてボンボンというベース音になります。

何でこんなことするのか?実は今でもやっている人はいます。(私もやったことがあります。)
4beatのジャズスタンダードやバラードなどでベースを弾く時、エレべだとサスティンが長くサウンドが強すぎて、生ベの音と異なり過ぎてしまう。このためアコベに似せるためにこういう細工をするわけです。もちろん、その場で生ベを弾ければそれがベストです。あくまでエレべ1本しか現場に持っていけないときの緊急避難です。


New York Lexington Ave. 2017.8

ここまで音質コピーに拘っているなんて、さすがだなと思うのですがいかがでしょう。まだまだじっくり聞くと「こんなところまで完コピかよ。」という部分が段々発見できます。
一言お断りを。完コピが素晴らしい、コピー度が低い演奏は大したことないとは思いません。私はむしろ逆で、今は完コピにそれほど価値を見出さないほうです。でも徹底的に拘るのも聞いていて気持ちいい。
曲によっては、管のフレーズを変えたり、弦を入れたりと必ずしもすべてが完コピにこだわっているわけでないのが、また興味深いところですが。

ボルヴィエフ(Vorobyev)の気持ちを想像するに、
「青春時代、シカゴのアルバム1枚手に入れるのも困難だったソ連。ライブはおろかラジオでも聞いたことがないシカゴ。少年時代を思い出しながら、自由に海外旅行が出来る今、自分の音楽人生のやり残した夢として、シカゴを管を含めて究極の完コピするぞ!」
という気持ちが痛いほど伝わってくるのです。レコードに穴が開くどころか、CDに穴が開くほど聞いたのでは?

ロシアのロック野郎、想像以上に凄いよ‥‥‥

Chicagovich(2017) By Leonid & Friends 東側から来た男達(1)

Chicagovich(2017) By Leonid & Friends 東側から来た男達(1)

シカゴのNew CDに注目と言っても、あのロバートラムがまた道楽で作ったのかとスルーしそうになりましたが、いやいやとんでもないものを発見しました。「Leonid & Friends」のカバーアルバム。



Make Me Smile
25 or 6 to 4
Wishing You Were Here
Saturday in the Park
What's This World Coming To?
Brand New Love Affair, Pt. 1 & 2
Does Anybody Really Know What Time It Is?
Woman Don't Want to Love Me
Color My World
Hot Streets
Old Days
[全11曲]

音を聞く前にメンバー一覧をみて下さい、特にカッコの中を。

【メンバー一覧】
Leonid Vorobyev(レオニード・ヴォルヴィエフ) Bass, All Producing & Director
Vasilii Akimov(ヴァシリィ・アキモフ) Vocal,Guitar
Igor Javad-Zade(イゴール・ジャバドザード) Drums
Sergey Kashirin(セルゲイ・カシーリン) Vocal, Guitar
Serge Tiagniryadno (Kiev, Ukraine)(サージ・ティアギリヤード) Vocal, Guitar
Vlad Senchillo(ヴァルド・センチーロ) keyboards
Dmitry Maximov(ドミトリー・マキシモフ) Bass
Ksenia Buzina(クセニア・ヴィジーナ) Backing Vocal....Kesenona
Vladimir Osinsky(ウラディミール・オシンスキー) Piano
Ilya Vymenits(イリヤ・ヴィメニッツ) Percussion

Vladimit Popov(ウラディミッツ・ポポフ) Alto & Baritone Sax,Flute
Alexandr Michurin(アレクサンダー・ミテューリン) Trombone
Alexey Batychenko(アレクセイ・バティエンコ) Trumpet,Flugelhorn
Konstantin Gorshkov(コンスタンティン・ゴルシコフ) Sax
Maxim Likhachev(マキシム・ライカチェフ) Trombone
Andrey Zyl(アンドレイ・ザイール) Trumpet
Oleg Kudryavtsev(オルガ・クデュラフチェフ) Sax
Arkady Shilkloper(アルカディ・シルクロウペ) French Horn
Igor Butman(イゴール・バットマン) Sax
Ilya Prokudin(イリア・プロクディン) Flugelhorn
Daniil Dubrovsky(ダニール・デュブロフスキー) Sax
[全21名 うちホーンセクション11名]

名前を見たらすぐにわかったでしょ、イゴール、アレクセイ、セルゲイ、ウラディミール‥‥
Leonido & Friendはモスクワで活動するロックバンド。だから記事タイトルは「東側から来た男達」
シカゴは長年の活躍でファンも多く、世界中にカバーバンドがいるらしいですが、ロシアのカバーバンドは初めてじゃないのか。しかも、その演奏力が驚異的にして桁違いの素晴らしさ。日本ではほとんど知られてないので、ぜひ紹介したいと思います。


Leonid & Friends at Moscow Music Club "Forte" 24.03.2017

Leonid & Friendsは、Leonid Vorobyev(レオニード・ヴォルヴィエフ) がリーダーのバンドで、担当楽器の人が複数いるとこを見ると、ロシアのポピュラー音楽界で活躍しているメンバーをこのために集めて、ライブ活動の末、CDを発表したようです。
演奏はどうみてもアマチュアの域を超えているし、YouTubeのスタジオ収録の様子も明らかにプロ仕様です。この人たちはロシアのポピュラー音楽界で有名な人なのか(ブラスセクションはもしかするとクラシック出身?)ともかく、ロシアの事情がまったくわからないので想像するしかないのですが。

Leonid & Friendsには公式 WebSiteがある。(英語ですが、ロシア語でないことに感謝しましょう。)
読むことも難しくないですが、この素晴らしいバンドを紹介するために意訳翻訳してみました。

[Leonid & Friends WebSite About > Biography より]
Leonid & Friendsは、ここ3年の間にロックファンの絶大な支持を得た。彼らはシカゴのライブを1度も見たことが無いにも関わらず、その複雑なアレンジを驚くべき正確さで再現したのだった。

リーダーのボルヴィエフ(Vorobyev)は言う。
「シカゴは一度もロシアに来たことが無かったので、我々はアルバムの音声記録だけを基にシカゴの曲を演奏しなければならなかった。僕はブラスロックだけに夢中になった訳ではなく、かつてビートルズ、CCR,ディープパープル、GFRのギターサウンドに夢中になったよ。」
「ソ連の1970年代はじめには、エレキギターやアンプは中々手に入らず、自分たちで作って演奏する必要があった。金管奏者と演奏をしたこともあったけど、彼らはいつも飲んだくれていてロックのなんたるかも理解せず最悪の経験だったよ。でもシカゴを聞いたとき、ブラスセクションと一体となったエレキギターやドラムやボーカルのサウンドは、僕を一瞬にして虜にした。」

ボルヴィエフ(Vorobyev)は、2014年に大好きなシカゴの曲(Brand New Love Affair)を演奏し動画を作成するために音楽仲間を招集した。もちろん譜面などなかったのですべてが耳コピー。各曲を正確に再現するのは大変な苦労で、ボルヴィエフ(Vorobyev)は耳コピーで各曲を譜面上に再現するだけでなく、演奏のディレクターからスタジオでのミキシングやマスタリングすべてを統括した。でも、彼はなによりバンド仲間を信頼していて、自分の音楽仲間全員を最高レベルのプロだと言っている。モスクワでのライブは大好評で、今、Leonid & Friendsはアメリカでのシカゴの絶大な声援に注目している。

「アメリカのシカゴファンからの膨大な量のライブ要請がある。アメリカのファンの前で演奏することは、ロシアの音楽家にとって夢なんだ。多くのアメリカの友人に会うことを想像するだけで興奮するよ。」ボルヴィエフ(Vorobyev)は語っている。

       Scott Schwebke記(アメリカのジャーナリストにしてシカゴの大ファン)

Leonido  Friend2

肝心の演奏については、次回、書いてみたいと思います。YouTubeの動画を1つアップしておきますが、この断片的な演奏を聞いただけでも、その演奏力は一目瞭然でしょう。

何が興味深いって、1980年代以降のファンはピンと来ないかも知れませんが、本家シカゴが誕生したのは1969年、つまりベトナム戦争が泥沼に入りつつある時期で、アメリカ人がこの戦争はとんでもないことになるのではないかと気が付き始めた頃。そのベトナム戦争の泥沼に引きずり込まれた原因は、ソ連との地球を2分する冷戦。
そんな時、大人にはアメリカの将来を任せられないと若者が立ち上がったのですが、その中の1団がシカゴでした。(初期の曲には、ニクソン大統領や民主党大会などの政治的メッセージフレーズが頻繁に登場します。)アメリカを泥沼に引きずり込んだ悪魔が「ソ連」だったのですから。

ロシア(ソ連)のバンドが、シカゴの曲をアメリカで演奏する日が来るなんて。
その場で聞いてみたいよ、シカゴのスタートを知る人間には感激の瞬間だ‥‥‥

Chicagovich(2017) By Leonid & Friends 東側から来た男達(2)驚異的なサウンド

ロータスの伝説(1974) By Santana クロスオーバー期の最高傑作だったのか?



[Member]
Carlos Santana : guitar, Latin percussion
Leon Thomas : maracas, vocals
Tom Coster : Hammond organ, electric piano, Yamaha organ
Richard Kermode : Hammond organ, electric piano
Doug Rauch : bass
Armando Peraza : congas, bongos, Latin percussion
Jose "Chepito" Areas : timbales, congas, Latin percussion
Michael Shrieve : drums, latin percussion

3枚組という内容に加え、横尾忠則のデザインしたLP22面ジャケットは、広げると四畳半一杯に広がるという都市伝説まで作ったこのアルバム。この時代は、プログレ全盛期ということもあり、曲は長いほうが偉い、LPは曲が少ないほど偉い、ジャケットはオマケが沢山付いている方が偉い、レスポールは重いほうが偉い、という重厚長大、戦艦大和か万里の頂上のような価値観がロック界を支配していた時代でした。このアルバムは、そんな時代のど真ん中でリリースされたもので、今でもサンタナのライブアルバムと言えば、これが代表作なのは間違いないでしょう。

Caravan Sarai、Welcome、Borborettaの3部作の仕上げのようなこのアルバムは、1973年7月の日本公演の録音で、メンバーはWelcomeとまったく同じ。サンタナ史上一番のテクニカルベーシスト Doug Rouch が抜けたのが1973年末ですから、Welcome発表からの1年間がサンタナ史上最強のメンバーだったと信じています。

サンタナのメンバーチェンジは、Carlos Santanaの実現したいサウンドに合うメンバーをリクルートする過程で、首になったか本人が嫌気がさしたというパターンが多いのですが、Doug Rouch は脱退直後、Billy CobhamやLenny Whiteなどとバリバリのフュージョンアルバムを作っていることを考えると、本人がロックバンドに飽き足らず、本格ジャズフュージョンの世界を志向したためと想像します。
この時 Doug Rouch は24歳。28歳でその人生を終えたのは本当に残念。その後、20年以上第1線で活躍できたベースプレイヤーだったと思います。


Backstreet in Shanghai (1) 2012.8

今回、記事を書くにあたって面白いことを発見しました。
ロータスツアー日本公演の様子がYouTubeにアップされています。「SANTANA Lotus Tour Japan 1973 ①②③」は3本で67分という貴重な映像音源。30分のTV番組3回分という結構なボリューム。
CDを聞いただけでは、2人のキーボードのうちどちらがどのフレーズを弾いているのかはっきりわかり難くていらいらするのですが、この映像をみると2人の分担がはっきりわかって非常に興味深い。
(こんなことを気にするのは私位か?)
Doug Rouchの演奏映像も、今となっては非常に貴重です。

今回、聞きなおすまで、私はてっきりこの映像がCD「ロータスの伝説」の映像版だと思い込んでました。が、違っていました。つまり大阪厚生年金会館(7/3-4)の映像ではなかった。
よく聞き比べれば違いがわかります、と言いたいところですが、曲順が異なるのですぐにわかります。
(CDは2曲目のA-1 FunkからEvery Step of the Wayですが、映像はStone Flowerだとか。)

いったい、このYouTube映像はいつのものなのか。1973年のロータスツアー日本公演は、6/27の東京公演を皮切りに、7/11の札幌公演まで11回行われているので、このうちのどれかには違いないはず。
ライブツアーをCDにする場合、それぞれの曲について出来のいい演奏を11回の公演からピックアップすることが多いのですが、サンタナの場合は、CDはあくまで大阪厚生年金会館(7/3-4)の演奏だし、YouTube映像も明らかにどこか特定の1公演のようです。
(これは、録音状態の都合か、Carlos Santanaのポリシーか。)

そう思ってもう一度YouTube映像をじっくり見ると、さらに不思議なことが。サンタナはかなりラフな感じで弾いているし、観客やライブステージの熱気感がまったく感じられない。これ本当にロータスツアーの公演映像なのか?見れば見るほどスタジオライブのような感じがしてきました。人気絶頂のサンタナのライブ映像を流したいという日本のTV局のオファーに、日本公演のライブは駄目だけど、USAで収録したスタジオライブの映像ならいいよ、ということでサンタナマネージメント側から提供があったのではないか?(今で言うPV。)というのが、私の推測です。皆さんはどう思います?

今回、20年ぶり位にロータスの伝説を(加えてYouTube映像3本を)通して聞きました。ともかく長尺なので、前回、通しで聞いた記憶が残っていません。意外だったのは、この2つの音源とこれまでのオリジナルをじっくり聞いてみると、CDロータスの伝説の演奏内容が、結構ラフな感じを受けたことです。(例えば、このツアーの山場である、最後の曲”Incident At Neshabur”とか。)原因の一つは、メンバーになってまだ浅いTom Costerのプレイにちょっと違和感を感じるような、音色の選択も含めて。Tom Costerは、演奏、アレンジを含めて大好きなのですが、Gregg Rolieと違う色を出したいという本人の意識がやや空回りしたかな。もともと全然違うタイプだし。
今までサンタナの最高のメンバーによる最高の演奏結果の記録が、CD「ロータスの伝説」だと思い込んでいたので驚きでした。
でも、ミスが少なくきっちりしているのが一番いい演奏という訳でもないですし、一番勢いのあるステージをアルバムに焼き付けたのでしょう、きっと‥‥


Backstreet in Shanghai (2) 2012.8

さて、前回に続いて、サンタナ関連の素晴らしいブログのご紹介を。
どれも、この時期のサンタナにスポットライトを当てた、興味深い記事です。

★Chord of Life
(柊しじまさん)
Santana – Caravanserai(Side.A)

私のLink集に入れさせてもらっている方。
古今のロックの名曲を、Cubaseで打ち込んでアップされているのですが、何が凄いってそのコピーの精度には脱帽ものです。
私も、昔から色々とコピーをしてきましたが、メインメロディとコード位はなんとか聞き取っても、バックのシンセパッドとかは音程が聞き取れないものも多いし、昔のロックはそもそも録音が悪くて想像で音符を埋めざるを得ないパートも多いのに。さらに、YesとかKingCrimsonの20分以上の曲のすべての楽器をコピーしてアップしている。ほんとに驚異的です。
自分で弾いているギターも相当の腕ですし、恐らくキーボードもバリバリに弾けるはずです。
サンタナの曲も10曲アップされているので、全部聞いて見てください。
CaravanseraiのSide.A通しという信じられないものに、とりあえずリンクさせて頂きます。

サンタナ評としては、
>巷のサンタナの紹介記事はサンタナは次第に宗教色を強め、Caravanserai、Welcome、Borboletta
>の3枚はジャズに傾倒し人気を落としたが、1976年のAmigosで再びラテンロックに戻り‥‥復活した
>ということになっています。
>う~む、僕はそのジャズに傾倒していた頃が好きなんですが・・・(宗教色には目をつぶります。)
>時期的にはプログレ全盛期。

このあたりは、私を含めインスト系好きな今回の一連のブログ作者さん達と、まったく共通してます。

★灰とダイアモンドと月の裏側の世界
(風呂井戸さん)
サンタナ SANTANA の衝撃(3) 「キャラバンサライ」からの新展開

今はJAZZを中心に聞かれているようですが、ペンネームからわかるようにロック、とりわけプログレ方面にも非常に詳しい方。ロックのインスト部分に魅せられた人は、プログレ経由でフュージョン、ジャズというのが正常進化形なんでしょうか。ここに書かれている風呂井戸評サンタナは、私の感想と非常に近似です。Borbolettaを高く評価しているのも興味深い。

★「熱闘」のあとでひといき
(?さん)
サンタナ&マクラフリン『至上の愛』/断絶の時代に聴く対話の奥義
(2つ目の記事です。)

次の記述には笑いました。その通りだと思いますが。
>(サンタナが)もっとも人気がなかったのは? 私的にはこの作品『不死蝶』(ポルトガル語のタイトルは “Borboretta” )をリリースした70年代中盤頃ではないかと思う。

しかし、次のようにも言っています。
>現代の感覚で聴くと違った印象を抱くことになるから面白い。
>もしかしたら、歴代のサンタナの作品の中でも最高レベルの充実した作品にすら思えてくる。
>もしもサックスがウェイン・ショーターだったら文句なしの作品になっただろう。

1973年の日本公演、行きたかったな。当時よりも今、痛切に思うよ‥‥

Caravan Sarai(1972) By Santana 絶頂期の始まり
Welcome(1973) By Santana 異色作にしてMost Favorite One
Borboretta(1974) By Santana ラテンフュージョン3部作の終り

Borboretta(1974) By Santana ラテンフュージョン3部作の終り



Carlos Santana : Guitar, Vocal, Percussion
Tom Coster : Keyboards
Armand Peraza : Conga, Percussion
Jose Chepito Areas : Timbales, Percussion
David Brown : Bass
Jule Brussard : Sax
Leon Patillo : Vocal, Keyboards
Leon Chancler : Drums, Percussion
[Guest]
Michael Shrieve : Drums
Airto Moreira : Drums, Percussion
Flora Purim : Vocal, Percussion
Stanley Clarke : Bass
Michael Carpenter : Echo Prex

Caravan Sarai(1972)、Welcome(1973) 、Borboretta(1974)は、サンタナの中ではラテンフュージョン3部作とも呼ばれる異色作でした。Caravan Sarai以外は、当時のロックファンからはほとんど評価されませんでしたが、ブログをあさってみると、特にフュージョン、ジャズ好きからは高い評価を得ているような気がします。今聞いてみると、70年代後半のフュージョンブームを5年ほど先取りしていたサウンドだったんだなあ、という気がします。

Caravan Sarai(1972)と Welcome(1973)の記事は、こちらです。
Caravan Sarai(1972) By Santana 絶頂期の始まり
Welcome(1973) By Santana 異色作にしてMost Favorite One

3部作最後の Borboretta は、4thのトータルアルバムの香りでも、5thの洗練されたインストとボーカルの融合でもなく、いや両方をミックスしてしまったので、ストレートで美味しいコーヒーにミルクと砂糖を入れすぎてしまったような中途半端感で、少し散漫になってしまった気がします。1曲1曲は悪くない。ジャズ、フュージョン畑の人を沢山入れて作成したので、それぞれが曲を上手にこなしている。Return To Foeverだよ、といっても通用するくらいの曲もある。でも、以前からのロック畑のメンバーと明らかに異なる方向性だったので、コンセプト無しにやったセッションワークのような、悪い意味でパッチワークのような感じがします。

Flor De Canela から Promise Of A Fisherman への流れは Caravan Sarai そのもの。Life Is A New は Welcome に入っていてもおかしくない。(特にこの曲のドラムとキーボードはWelcomeとうり2つですが、誰なのか?)この時代の傑作は、実は同時期に発表された「ロータスの伝説」(1974)というのが衆目の一致した(いえ、私の)見方です。
サンタナ自身も、この路線を追及すればするほどミルクと砂糖を入れることになってしまうと気がついたのか、次のアルバムでは再びメンバーチェンジして、Amigos (1976)という原点回帰のようなアルバムに転換しています。しかしこれ以降、メンバーで音楽を作るというより、その時その時のやりたいサウンドにあったメンバーを集めるという感が一層強くなり、私も Michael Shrieve が脱退したあたりでいつの間にか興味を失っていった‥‥

いかにセールスを上げるかだけを目的に作られた商業ロックが、普通になってしまった時代からこの頃を振り返ると、まだまだミュージシャンがやりたいことをやっていた時代だったなあ、という気がします。80年代以降、ロックが急速にビッグビジネス化していく直前ともいえるでしょう。

ひょんなことからサンタナ3部作を書くことになってしまいました。
久しぶりにこの3枚を聞き、関係ブログをあちこち探ってみました。
以下は、相当聞きこんでいる作者のユニークな視点でのブログでお勧めです。
是非、こちらも訪問してみて下さい。作者の方へ連絡がつけばいいのですが。
⇒東京が大雪の夜、SilverSack様から連絡を頂きました。
Santanaの記事にあわせて、大橋純子の記事にもご感想を頂き、ありがとうございました。

★black noise/white silence
(TTBさん)
サンタナの人事異動を考える①~ラテンロック全開だった初期ラインナップ
(①~④までのシリーズ記事になっています。)

サンタナの頻繁なメンバーチェンジに焦点をあてた記事は、独特で非常に興味深いです。
>たまにいますよね、メンバーが音楽的な造詣が深くてどんなジャンルでもこなす器用な‥‥バンド。
>サンタナは違います。彼等は音楽性が変わるごとにメンバーも変わります。これでもかってくらい。
そのとおり!

>激動の70年代80年代を音楽性の激しい遷移と過剰なまでの人事異動で乗り切ってきたバンド
>サンタナの、(人事異動の)軌跡を追っていきたいと思います!!

サンタナのサウンドの変遷を、4回にわたりメンバー異動という切り口で書かれています。
こういう独自視点のブログは、ありきたりの曲の感想列記とは異なり、余程筆者の造詣が深くないと書けませんね。最近は余り更新されてないようですが、傑作記事だと思います。

★SilverSackのMusic Box
(SilverSackさん)
サンタナ -何かに取り憑かれた三年間- (1972~1974年)

(Welcome のリズム隊について、)
>当時私が演奏技術が高いと思って聞いていたプログレの面々(イエスとかELPとかキングクリムゾンとか)に比べても実は段違いにこちらがうまい、
>更に「テイル・スピニン」あたりのウェザーリポートのドラマーよりうまかったりするので、何という贅沢なリズムセクションなんだ、と思ってます。

70年代、80年代のロックが中心のブログ。サンタナの好みが私と同じ3枚で、特に、リズム隊の感想が私とまったく同じだったのには笑ってしまいました。世の中、広いのか狭いのか。

★心に残った音楽♪
(Bach Bachさん)
『SANTANA』
(2nd,3rd,4thは直後の記事にあります。)

ブログを通じて交流させて頂いている、音大で正規の音楽教育を受けているのに、ジャズ、ロックにも目茶詳しいという方。今となっては余り取り上げられない、1stから4thの記事です。
私は、友人の家で3rdを聞かせてもらって、ぶっ飛んで 4th(Caravan Sarai)から買い始めてファンになったので、実は1stと2ndを通して聞くのはつい最近、この記事がきっかけでした。
(ライブ等で曲はほぼ知っていましたが。) 
オルガンが好きだからサンタナを好きになったんだと、これまで思っていましたが、1stと2ndを聞いて、グレッグローリー(とキースエマーソン)に心酔したから、オルガンサウンドが好きになったんだ。と因果関係が逆転していたことに、今気が付きました。(笑)

どのブログも下手な音楽雑誌の批評より、よほど的確で興味深い‥‥‥

P.S. この記事をきっかけに、最近、ロータスの伝説を通して聞きました。(3枚組なので通して聞くのはかなり大変。)昔と違う印象を受けたところもあったので、近いうちに書いてみようと思います。

Feeling Now(1974)、Paper Moon(1976)、Rainbow(1977)、Crystal City(1977) By 大橋純子 20世紀最高の日本女性ボーカリスト

大橋純子
左上から時計回りで、Feeling Now、Paper Moon、Rainbow、Crystal City

1990年代以降、洋楽コンプレックスの無い世代が活動を始める以前、歌謡曲と呼ばれたボーカル音楽しかなかった時代を終わらせたのは大橋純子だったでしょう。
20世紀の日本で最高の女性ボーカリストだと信じています。

大橋純子との出会いは今でも覚えています。
多分、1977年の東京音楽祭だと思う。TVでその模様を中継していて、最後のアンコール曲で女性ボーカル4人がフロントに並び、1コーラスずつ歌っていく場面。3番目の大橋純子が歌い始めた瞬間、なんだこのボーカルは!と寝転がって聞いていた自分は思わず正座してしまった。他のボーカルとは全然比較にならなかった程のインパクトでした。

次の出会いは大学の学園祭。
高校生まで日本の音楽にはほとんど興味も無く洋楽一辺倒だった自分。学園祭で、同じサークルのバンドを聞いていると、かっこいいフュージョンぽいサウンドなのにボーカルは日本語。誰かのコピーを演奏していることはわかったが、今まで聞いたことのないサウンド。そのステージ終了直後にそのバンドのギターに聞くと、大橋純子のコピーだよと。

大橋純子は、ドラマの主題歌にもなった「たそがれマイ・ラブ」(1978)が最大のヒットとなったのですが、この曲がレパートリーの中でも一番の歌謡曲調の曲なので、良く知らない人からは、上手な歌謡曲畑の歌手と認識されていることが多かったのでは。大橋純子も、このヒット以降、この曲ばかり歌わされて嫌気がさしたといっているので、大きな違和感があったのでしょう。
彼女の魅力は、小柄な体格にそぐわない爆発的な声量とソウルフルな声質(と洋楽育ちのリズム感)なのですが、所属レーベルからは、商業歌曲で人気のある(ありきたりな)バラードにうってつけとみなされてしまい、これ以降、徐々に同様の曲調が増えてくる。当時急速に日本に入ってきたフュージョンタッチのバンドサウンドも、TV市場(歌謡曲市場)では、16Beatは大衆は聞き難いだろうというレーベルの方針で、徐々に歌謡曲風サウンドでやらされることが増え、ライブやアルバム作りで相当の葛藤がメンバーにあったとのこと。

メジャーレーベルに所属して会社の方針でLPを作る時代でなく、今のようにライブやYou Tubeで自分の好きなサウンドを発信できる時代だったら、彼女は真のポピュラー女性ボーカリストとして歴史に残ったと思うのですが‥‥

ということで、彼女が日本のポピュラー音楽に影響を与えた真の評価は「たそがれマイ・ラブ」以前の初期の4枚のアルバムであり、バンドサウンドとして一番刺激的で面白かったのは「美乃家セントラル・ステイション」に土屋昌巳がGt.として在籍していたRainbow(1977)とCrystal City(1977)の2枚だと確信しています。
ということで、初期の貴重な4枚をご紹介。


謹賀新年 平成30年

◆Feeling Now(1974)
レコード会社のオーディションで評価され、1stアルバムを発表。邦楽音楽界は、まだ歌謡曲専門の作曲家と編曲者が幅をきかせていた時代だったので、歌謡曲っぽくないアルバムにしようということで、最終的に12曲中8曲が洋楽のカバーという急造のアルバム。ただ今聞いてみると、原曲のよさはこれらカバー曲が際立っていて、意外なほどソウルフルな彼女のボーカルの実力が一番良くわかるのは実はこのアルバムかも。

PickUp) HE AIN'T HEVY....HE'S MY BROTHER バックのサウンドはまだ歌謡曲チックですが、既に彼女のソウルフルで黒っぽいボーカルスタイルの片鱗を聞くことができます。彼女も気に入った曲だったらしく、その後スタジオライブで頻繁に取り上げています。

◆Paper Moon(1976)
制作費がとれるようになったのか、著名作曲家とスタジオミュージシャン(といっても、村上ポンタ、岡沢章、杉本喜代志、深町純等の、今となっては誰でも知っている大御所。)を起用した2nd。表題曲等の佳曲が入っているのだが、世の中にまだ名前が知られず、水面下で頑張っていた最後のアルバム。

PickUp) Paper Moon ポンタと岡沢章のリズムと松木恒秀の16Beatカッティング。これに乗った大橋純子のボーカルは、洋楽一辺倒の楽器野郎にショックを与えました。その後、第1期美乃家セントラル・ステイションでの演奏がYouTubeに沢山アップされているので、聞き比べてみると興味深いです。

◆Rainbow(1977)
東京音楽祭での活躍とSimple Loveのヒットで、一気にメジャーシーンに浮上。
リズムとギター、キーボードのインストを前面に出した洋楽サウンドが、時代にマッチしライブで高い評価を得たことから、アマチュア時代の夢であった自分のバンドで活動することを決意。演奏、アレンジの中心であった佐藤健が中心となって若手メンバーを集め「美乃家セントラル・ステイション」結成。
(なお、佐藤 健(key)とはその後、結婚し今に至る。)
一番、青臭く刺激的な第1期メンバーは以下のとおり。
佐藤健(key)、見砂和照(ds)、土屋昌巳(g)、高杉登(per)、福田郁次郎(b)

PickUp) Simple Love 持ち味の声量を最大限いかしたボーカルはもちろん、バックのサウンドが1st,2ndと全然違う、いわゆるバンドサウンドになっています。同時期のスタジオライブを聞くとよりはっきり感じられます。

間違いなく、1977年第1期メンバーによる Simple Love (Studio Live)

◆Crystal City(1977)
福田郁次郎(b)がメンバーチェンジするも、バンドとして油の乗り切った状態で4thを発表。City Popsとしての一つの完成形がこのアルバムでしょう。歌謡曲でもロックでもない日本のポップスが完成。
今では考えられないでしょうが、当時、私の周りでは、ブレッカーブラザーズをやっているバンドがボーカルを入れて大橋純子を演奏したりとか、まったく違和感なくやられてました。

PickUp) Funky Little Queenie この時期の土屋昌巳(g)はファンクに傾倒していたようで、彼の作曲したこの曲を聞くと一聴瞭然。アメリカンソウルを彷彿とさせるオルガンが出色の出来。その曲調がソウルフルな大橋純子とマッチして、邦楽でも洋楽でもない魅力的な曲に仕上がってます。

4th発表の後、土屋昌巳(g)が抜ける一方「たそがれマイ・ラブ」が大ヒットする等でサウンドも微妙に変化し、そこからは彼女の第3ステージともいえる音楽活動が展開していきますが、とりあえずここで終了とします。
この時期の土屋昌巳(g)は、ストラトをコンプで徹底的につぶしたギターサウンドで、最初聴いた時、ずいぶん変わったサウンドだなと驚きましたが、ユニークなバンドサウンドのカラーになっていることは間違いありません。(例えば、曲Crystal Cityのギターパート。)

そのうち、彼女の曲を一つ取り上げてみるつもりです‥‥

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