Weekend In 心は L.A.

音楽と楽器、そして時々海外に

 

九州福岡旅行  たこ公園と紫川、懐かしい(上;北九州編)

2月でせっかく貯めたANAマイルが切れてしまう。ということで毎年恒例のGW旅行は、どこか飛行機で行ける所にしたい、それだったら、前からもう一度行きたかった、昔、転勤で家族で住んだことのある福岡にしようということになりました。国際線のマイルは1年先まで予約できるのですが、国内線は2ヶ月先までしか予約出来ないので、期限が迫ってくると結構慌てます。


小倉城   2017-4

福岡といっても住んでいたのは北九州市。ということで、北九州空港から入って、小倉で1泊。翌日、福岡市に移動して1泊というコースに決定。
北九州空港は、昔は小さな空港だったのですが、今は沖合いに埋め立てられた広々とした空港が出来ていました。住んでいたのはもう20年程前なので、この空港を使うのは初めて。マイルでとったのはスターフライヤーA320。真っ黒な塗装で、結構かっこよかったのですが、写真を取れなかったのが残念。
小倉駅すぐ近くのダイワロイネットホテルに14時半にチェックイン。ビジネスホテル的なホテルでしたが、新しくて、部屋も綺麗。なかなかよかったです。

さっそく昔住んでいたところに行ってみる。家の前にあった大きな公園はそのまま残っていました。中央に大きいたこの遊具があるので、通称「たこ公園」。子供たちがよくここで遊んでいたっけ。子供と一緒に公園で遊んだのも、もしかするとここらあたりが最後だったかも知れません。



周りの街並を歩くと、昔のスーパーや床屋さんはそのまま。当時、時折寄った、東京では見かけたことの無い貸し本屋さんは、もう跡形も無かったけど。
そこから歩いて子供たちが通っていた小学校にも行ってみる。公園や小学校は少しも変わっていないので、やっぱりほっとします。運動会の時は校庭でお弁当を食べたっけ。小学校正門の写真は思い出の1枚。


小学校の正門   2017-4

昔めぐりが終わり、バスに乗って小倉の中心部に戻ってくる。
同年代の方なら、日本に4大工業地帯があって、その一つが北九州工業地帯だというのを習ったと思います。この北九州の沿岸部はかつて公害の源泉のような地域だったようです。林立する煙突から吐き出される煙で、空はオレンジとも紫とも言えない色となっている。港湾内では廃液で海が酸性になっていて、スクリューが溶けたことがあったとか。
この日本中が公害問題で大騒ぎになった以降、空も海もかなり綺麗になった様ですが、北九州=公害の街というイメージは公害が無くなった平成になっても頑固に定着していました。
なんで社会科のようなことを言うかというと、私が北九州で関わった仕事も、そんな公害都市のイメージを転換しようとしたことに深く関係していたからです。公害関係の仕事では無いのですが。


小倉城お堀ばたの新と旧    2017-4

北九州市が20年以上もかけて頑張ったかいがあり、今の小倉の中心部は、紫川が流れその脇に小倉城がある、写真のように綺麗なところです。
この写真は、八坂神社のお堀にかかる参道から撮った写真ですが、右側が小倉城とお堀の中の公園、左が小倉リバーウォークという文化商業拠点の対比が余りにも面白い1枚です。写真では、ちょっとちぐはぐな感じもしますが、お堀の脇を歩いていると、不思議と心が安らぐ空間でもあります。


小倉リバーウォークを見上げる    2017-4

小倉リバーウォークは、全国区的には有名ではありませんが、博多のキャナルシティといえば、九州に遊びに来たことのある人は、大抵行ったことがあるでしょう。よく見ると、そことなぜか似ている。今どこを歩いているのか、混乱してくるようにわざと作っているのだとか。実はどちらも、福岡地所がデベロッパーで、設計はジョンジャーディーという世界的に有名な建築家によるものなんです。ここにこれを整備するのにも、多くの人の色々な苦労があったのでしょう。


紫川河畔の夕日。赤レンガは井筒屋    2017-4

かつて、魚も住まないといわれた川も、今は心地よい空間になっています。翌朝、河岸を散歩していると、7人乗りの競技用ボートが上流からスーゥッと練習していました。紫川を市民の憩いの場所にするという、北九州市の目的は成功したようです。かつて魚も住まなかったなんて、今の小学生には想像もできないでしょう。

夕日が翳ってきた。川を渡ると、小倉城周辺の緑あふれる地域から一転、昔の細い路地が交差する飲み屋街、魚町に入ります。当時、この川を渡って、よく飲みに行ったっけ。


魚町の味楽   2017-4

今晩は、その魚町にある、小倉らしい美味しい魚を食べさせる小料理屋で夕食にしました。やはり九州、東京と違って近海魚が豊富で、引っ越した時は、スーパーに売っている魚が全然違うのに驚いたものです。こういう街中のお店も、毎朝、地場の魚市場から仕入れているだけあって、刺身はもちろん、魚とつくものはすべて美味しかったです。九州に住んでいたのは短い間でしたが、気候も人々も食べ物も文化も、こじんまりとしつつもファミリアーで、非常に住みやすかった記憶が蘇ってきました。


タイのおかしら焼き 2017-4

街も懐かしければ、味も懐かしい‥‥

八神純子 (2017.4.21) at Billboard Tokyo  “The Night Flight 4”お宝音源

八神純子はポプコン優秀曲賞2年連続入賞という勲章付きでデヴュー。「思いでは美しすぎて」「水色の雨」と1978年にビッグヒットを連発して、あっという間にポップミュージックシーンの中心に。
私の大学時代と完全に重複していることもあり、私もいくつもの学園祭で八神純子さんの曲を演奏しました。インストバンド以外にも、いくつかの大学の音楽サークルでバンドをやっていたのですが、その一つ、女子大のサークルでは女子大の娘はボーカル専門だったので、バックバンドの他大の音楽野郎によく譜面が配られました、八神純子の。当時は、今のように楽器を演奏する女子大生がいませんでしたから。

八神純子のどこが好きだったかというと、バックの演奏が普通のバンドサウンドだったところ。ニューミュージックの、特にシンガーソングライティングする女性は(多分、自分の歌を中心に聴いてもらいために)バックの演奏はおとなし目で、ピアノ弾き語りに少し電気楽器を加えてみたよ、というアレンジでやる人が多い。正直、こういうのはバックで演奏していると欲求不満で眠くなってしまうんです。ところが、彼女の曲は演奏していてとても面白かった。サンバやボサノバ調の曲も多かったし。八神純子も、Melting Potというバンドとずっと一緒に活動していました。(山下達郎とずっと一緒にやっていたギターの鳴海寛さんも、一時在籍していました。)

思い出話しが長くなりましたが、彼女が結婚してアメリカに行ってからは記憶のかなた。そんな時、突然、ビルボードでライブをやる、しかもバックが日本の重鎮の面々。これは行くしかないということに。
ビルボードは予想どおり自分と同年代の聴衆。夫婦率が異常に高かったのがいつもとの違いだったかな。


Member of Tour NightFlight

演奏が始まると、懐かしいボーカルが聞こえてきた。一瞬で昔の記憶が蘇る。カーペンターズでしっとり入った後に昔懐かしいナンバーを立て続けに2曲。Break Outでは一緒に歌いましょうよと声をかけてくれるのだけど、この客層では無理だな。基本的にシャイな日本人、ましてやアラフィフの夫婦連れじゃ。

アメリカでもずっとライブ活動をしていたのなら、ソウル系、ポピュラー系の曲も歌うのかなと思ったのですが、それは無く全盛期の曲が中心でした。多分、聴衆の8割以上は昔のファン層でしょうから、これは正解なんでしょう。
少し心配だったのは声質が劣化してないかということ。昔懐かしいボーカリストのライブに行くと、キーが全音も下がっていて、つややかな声質がざらざらになっていたという経験をしていたので。でも予想に反して声の衰えはほとんど感じられなく、あの綺麗なファルセットはほぼ健在でした。

演奏は予想どおり余裕綽々のサウンド。後藤次利 (Bs)、 村上“ポンタ”秀一(Ds)、佐藤準(Key)、北島健二(Gt)という、そうそうたるメンバー。後藤次利は、当時から一緒にやっていましたが、他はこのツアーを始めたときに人選したようで、純子さんのバンドサウンド好みが表れていると思います。
曲のアレンジは後藤利次が担当しているようで、昔と同じにやるのも何なので変えようと思ったのだけど純子さんから駄目出しが出て、なんて話をしていました。水色の雨は少しテンポを落としたサンバでやってました。(この曲はもっといいアレンジが出来たような気がしたけど。元がいい曲ですから。)

Get Here、夢中という最近の曲を最後の方に2曲。彼女が渡米してからの作品はほとんどフォローしていないので、馴染みはなかったのですが。八神純子の作曲は、フォーキーな曲、少し歌謡曲的なメロディの曲、ポップでやけにお洒落な曲と3パターン位に分かれていて、3番目のパターンの曲がいいアレンジャーにかかると、素晴らしい曲になったような気がします。
書き忘れましたが、八神純子さん、年は自分と同じにとっていましたが、綺麗でしたよ。
むしろ、昔の所属レーベルがなんとかアイドル路線で売ろうとしていた頃よりずっと。


八神純子&Melting Pot 1979.10.17 Sutdio Live

最後がツアータイトルにもなった「夜間飛行」。彼女の曲の中で一番好きな曲です。
今回、この曲をやってくれたのがとても嬉しかったので、自分のお宝サウンドの中から、1979年スタジオライブ音源をYou Tubeで公開してみました。LPバージョンにかなり忠実にやっています。
ヘッドホンで聞くとわかるのですが、アコギの刻みがお洒落です。

大学時代、目茶目茶夜更かしで、毎晩3時頃まで音楽を聴いたり本を読んだりしていたのですが、この曲を延々とリピートしていた時が結構あったような。夜が更けてくると、熱気のある曲は聴いてられなくなって、こういう女性ボーカル曲を静かに流すのが一番気分良かったっけ。

実は今回のライブで、この曲のライターが後藤次利 だったというのを始めて知りました。
ずっと八神純子だと信じて疑わなかったのは、それだけ彼女のボーカルにあった曲だからでしょう。この曲は8ビートのところが面白い。普通、これだけスローな曲は16でたたきたくなるはずで、8ビートでやると間が持たなくなるのですが、上のYouTubeも、当日のポンタも少しも間延びしないリズムなのはさすがだと思います。

そして、何と言ってもコーダのギターソロが大好きでした。このギターソロは、八神純子とずっと一緒にやっていたMelting Potの矢萩秀明(Gt)さんです。ナチュラルディストーションのレスポールに、深くコンプとリバーブをかけた、この音色にノックアウトされました。結局、30年以上経った今も、自分の理想のギターの音色はこの音色ですから。

このソロ、またコピーしてみようかな‥‥‥


※この曲のオリジナル(2ndに収録)のギターソロを調べたら、松原正樹さんでした。
日本でAOR系のギターソロを弾かせたら右に出る者がない位で、散々コピーしました。上の矢萩秀明さんのソロとオリジナルを聴き比べてみると、音色やフレーズの作り方の違いが感じられて興味深いです。

[八神純子 Set List 2017.4.21]

1.We've only just begun
2.思い出のスクリーン
3.初めての愛
4.Break Out
5.そっと後ろから
6.甘い生活
7.Instrumental
8.水色の雨
9.Get Here
10.夢中
11.夜間飛行
--Encore--
12.パープルタウン
13.出発点(弾き語り)


思い出のSanFrancisco旅行記(6) 雨のサンフランシスコを歩く

ホテルで一休みした後、雨のサンフランシスコを散歩してみることに。16時半にホテル発。
雨なのにまだまだ明るいのは、日本より1時間位日の入りが遅いのかもしれません。


Montgomery St. 2016.1

ホテルの1本東側のモントゴメリーSt.を大通りマーケットSt.まで南下することに。
改めてSFの街を歩いてみると、不思議と違和感がない。SFの街並を歩いていると、都内のどこにでもあるオフィス街、大手町か日本橋のような、を歩いているような既視感を感じます。


Market St.(1) 2016.1

ここ数年、アジアに旅行することが多かったのですが、アジアでは、日本を凌ぐピカピカの21世紀型高層ビルの街並と、もはや日本では見かけないスラムかと見間違うような街並が同居している面白さがあります。街を歩くと、本当に面白いなと思うのがアジアなのですが、SFにはそれがない。


Cable Car's South End Station(Beside Market St.) 2016.1

どこかで見た街並ばかりだなと思って歩いていたら、やっと気がついた、この街並、日本にそっくり。正確に言えば、日本がアメリカをそのままコピーしたんです。高度成長期を経てやっとゆとりができて目が世界に向いた時、日本のお手本は何から何までアメリカだった。日本だアメリカだといっているうちに、世界、特にアジアがどんどん発展していったのです。一部は、もう追い抜かれているかも知れない。
日本もアメリカも、そのうち世界一を競うことなく、ヨーロッパのようになるのかも知れない。国が成熟したとうことなのかな。そんなことを考えながら歩いていました。


SF Map2

せっかくなので、SFの市街地の特徴を少し書いておきます。これだけ頭に入れておくだけでも、SFに行った時にずいぶん役立つと思います。
赤星「ユニオンスクエア」:SFの中心というべき場所で、一番繁華でにぎやかなところ。当然、ここの周辺には大きなホテルが集中しています。お店も多く、ショッピングにも便利。


Union Square 2016.1

紫星「フィッシャーマンズワーフ」SFの一番の観光地。観光客も多いので、シーフードを食べさせてくれるお店も多し。ユニオンスクエアから直線距離で2.5km位なので、1見歩けそうに思えますが、この中間部がこの付近で一番標高が高く、歩くのはまったく無理です。

青星「高級住宅街」SF半島の中で一番高いところにあるということは、住んで気持ちがいい、つまり高級住宅地です。ワンルームマンションでさえ、べらぼうに高い賃料らしい。ということは、治安が一番いいエリアでもあります。

赤円「テンダーロイン地区」SFに行く時、ここだけは覚えていきましょう。SFで一番治安の悪い地区で、しょっちゅう発砲事件があるとか。ここを夜歩くのは自殺行為です。SF市役所がある地区が一番治安が悪いというのも困ったものです。

紫円「ソーマ地区」昔の工業地帯、倉庫地帯でここも非常に治安が悪かったのですが、近年、倉庫群が再開発され、お洒落なお店が立地し土地柄が向上してきた地区。昼間遊びにに行くのは大丈夫みたいです。夜はもちろん危険。

赤星と紫円の間を左下から右上に通っている道路がマーケットストリートというSF一番の大通り。ここより北側が一般的なSFの観光地と思って間違いないです。。


Market St.(2) 2016.1

アメリカの街はどこでもそうなのですが、治安のいい地区と悪い地区がはっきりしています。
旅行者にとって問題は、ユニオンスクエアの西に大きなホテルが多いのですが(赤星の左あたり)そこから西に200m位歩くと非常に治安が悪い地区に入ってしまうこと。夜、夕食を食べに行こうとふらふらしていると、強盗に会っても不思議のない地区です。私は方向音痴だから、というのはアメリカでは全然冗談になりませんので、要要要注意です。



今回歩いたコースでとったで撮った動画や写真を入れ込んで、「オリジナルSF街歩き」を作ってみました。SF名物、ケーブルカーに乗車中の動画もあります。
バッキングは、自作のGeorge Bensonのカバー、「Affermation」。曲調がちょっとダークなので、雨のSFの動画とあっている気がするのですが、いかがでしょうか。自分では、旅行の時を思い出させてくれるので、結構、この動画気に入ってます。

アメリカで、こうやって歩きまわって楽しめる街は珍しいかも‥‥‥


The Gentle Man Gathered And Rode The Cable Car 2016.1


思い出のSanFrancisco旅行記(5) フィッシャーマンズワーフでクラムチャウダー

長男と2人、アルカトラズからフェリーで帰って来る。待ち合わせはピア39のブディンというお店なので、ピア33から6つほど埠頭を歩く計算。※いよいよフィッシャーマンズワーフ。
25年前に出張でSFに来た時は、それこそ右も左もわからない中、偉い方に「自由時間が余り無いけど、フィッシャーマンズワーフだけは行かないとね。」とつれて来てもらったところ。SFの一番人気の観光地です。
※よーく地図を見ると、必ずしも1つの埠頭にピアNo.が対応している訳でなく、1つ埠頭で3つ、4つのピアNo.がついてました。どう考えても、39も埠頭が無かったもの。


Pier 39 2016.1

さっきまで監獄の中を歩いていたダークな気分とは一転して、ここは皆がのんびり歩いている。残念ながら雲が暑くなってきて、青い海に青い空はどこにも無かったのですが。冬だししょうがないか。
しかし、ブディンのお店の前に待てども待てども2人が来ない。30分ほど探し回ってわかったのは、フィッシャーマンズワーフにブディンというお店が2軒あるということ。やけに小さなお店だと思ったら、待ち合わせしたお店はピア39のさらに先にあって、ここが本店?非常に大きなお店でした。ブディンで待ち合わせる時は要注意です。そんなことそうそうないか。


Main Store of Boudin 2016.1

13時近くにやっと4人集合。ブディンといえば、クラムチャウダーでしょとMiss M.。
ということで、大きなパンをくりぬいてクラムチャウダーをたっぷりついでもらったのを4つ注文。写真ではよくわかりませんが、さすがアメリカンサイズ、1人1つでかなりボリュームがあり、お腹が満たされました。SFは想像以上にシーフードレストランが多く、クラムチャウダーもあちこちで食べられるのですが、一番は絶対ここだということ。確かに具もたっぷりで美味しかった!余りにおいしかったので、お土産用のクラムチャウダーの缶詰を3つも買ってしまいました。


Boudin's Clam Chowder 2016.1

これには後日談があります。
アメリカンサイズの大きな缶詰を3つも買ったので、非常にかさばって重い。
トランクに入れて預けるのだから関係ないない、と思っていたのですが、日本に帰ってトランクを開けてみると、大きな紙が1枚。なんだろうと見てみると、英語で「このトランクは中身を検査させてもらいましたが、異常ありませんでした。」と書いてある。どうもサンフランシスコ空港で、荷物を載せる時に中を検査されたらしい。
そりゃそうだろうな。ともかく缶詰3つ入れたトランクだけ異常に重かったし、X線で見ても大砲の砲弾のようなものが3つ転がっているのだから。ということでクラムチャウダーの缶詰を調子に乗っていくつも買って帰ると大変なめにあう(かも知れません)。


He played the full drum set. 2016.1

あちこちの路上で、ギターを弾いている人がいるのは観光地ならではですが、なんとフルセットのドラムをたたいていた黒人ミュージシャンがいました。ミキサーセットを片手で操作しながらの、そのドラミングがまたお上手。さすがアメリカ。正面から写真を撮るとチップをあげなくてはいけなくなるので、後姿をパシャリ。ちょっとせこかったかな。


It's rainning, and shivering with cold. 2016.1

昼食も終り、お土産を買ったり散歩したりしているうちについに雨が降ってきました。SFといえども1月の雨はやはり寒い。気温も10度近くまで下がってきたのではなかろうか。晴れていれば、フィッシャーマンズワーフで午後一杯遊ぶ予定だったのですが、雨には勝てず、一度ホテルに戻ることに。
フィッシャーマンズワーフをさらに西に進むと、サンフランシスコ海洋国立公園があって、19世紀の貨物船やWW2で戦った潜水艦が停泊しているらしい。ここに行けなかったのは少し残念だったけど。

次の時は、絶対に潜水艦の中に入ってみよう‥‥


Empty Bus Stopped 2016.1
Since 2012.9.23
プロフィール

Author:AKI
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休日は、You Tubeで好きな曲を見つけて
コピーしたり、カメラ片手に散策しよう‥‥
写真は私がとったものからです。
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