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Weekend In 心は L.A.

音楽と楽器、そして時々海外に

 

混沌の Hanoi 旅行記(7)ベトナムでの食事はどうする?

ベトナムを旅行するにあたって、両替、タクシーに注意は既に書きましたが、もう一つ注意点があります。それが食事。

海外旅行、特に東南アジアでは食中毒ではなくても、時々下痢になる人がいる。いわゆる水が合わなくてピーピー状態になること。日本人は日頃、無菌に近い状態で暮らしているので、向こうの常在菌にすぐ体が反応してしまうのだとか。知人で、ベトナムに毎年行っている人から、旅行中1回は下痢になるという話も聞いた。胃腸は丈夫な方ですが、明日1日バスツアーを考えているため、その時にピー状態になるのは避けたい。


Mr.Bay (Lunch) 2017.12

今回は、以下の方針としました。

①マイ箸、マイスプーン、フォーク及びマイウェットティッシュを持参。
②街中のお店までは良いとして、道端に座って食べるところは今回は遠慮しておくか。
③屋台では、必ず火を通したものを食べる。

昼食は、散々歩いて疲れたところにこのお店「ブンボー・ナムボー」が現れ、即座に決定。(大昔のTV CMに、ヤンボー・マーボーってあったの知ってる?)多分、お店の名前は「Mr.Bay」だと思います。Bun Boは料理名らしく、この看板が出ている店があちこちにあります。


A Kind of Fried Rice 2017.12

何という料理だったか忘れましたが、要は卵焼きのせチャーハン。想像通りの味です。ベトナム料理は、タイ料理ほど辛くなく、中華圏独特の八角スパイスもなく、日本人には非常に食べやすいのではないかというのが私の感想。

ここではマイ箸等は使わず、出てきたスプーンとフォークを持参のウェットティッシュで拭いて使用しました。そんなことして失礼にあたらないかって?
大丈夫です、他の旅行者でも普通にやっている人がいます、地元の人も。
(よほど非常識なことをしない限り)人からどう見られるかなんてことを一々気にする位なら、海外個人旅行は止めておいた方がいいです。日本ほど他人の目を気にする文化は海外にはありませんから。


My Spoon Fork & Chopsticks 2017.12

なお、結論から言うと、旅行を通じてマイ箸等を使う機会(使わないと危ないと感じる時)はありませんでした。せっかく持参していたので、最後の日の街中の昼食で使ってみましたが、ここも大丈夫そうでした。ウェットティッシュを持参してそれで拭けは十分で、それ以上に不衛生そうなところは、街中のお店ではないと思っていいでしょう。ただし、胃腸が弱くない人ね。

1つだけ注意。

(Tips 7) 店で出てくるウェットティッシュは有料なので、それは使わず持参したものを使いましょう。

大した金額ではないけど、自分のものを使うと決めておいた方が衛生面でも安心ですし。


Loft Stop Cafe      2017.12

夕食は、ホアンキエム湖西岸の旧市街をぶらぶらしている時に見つけたこのお店。「Loft Stop Cafe」洋風のお店だけど、もちろんベトナムの料理もあるよ、というコンセプトの店。旅行者がパラパラと入っていて、地元の人だと、多分、クリスマスのデートに使うようなお洒落なお店だと思います。当然、マイ箸等は使わず。

どのガイドブックにもレストランは山ほど載っているので、そこから選ぶのもいいと思います。(経験上、歩き方より"るるぶ"の方が、いいお店が多いような気が。)でも、ダウンタウンでお店が沢山あるなら、1人ぶらぶら散歩しながら気に入ったお店を探すのが楽しい。中を覗いて雰囲気を感じつつ。

注文は"Bun Cha"(ブンチャ―)。いわゆるつけ麺。真っ白なコメの麺に甘辛い浸けだれは、日本人なら98%の人が好きでしょう。
ビールを飲みながらのゆったりした夕食は、1人旅ならではの優雅な時間。
1人で外食出来ないのでホテルで食べるとか時々聞きますけど、もったいなすぎるよ。
静かなゆったりしたお店なので、周りの人に話しかけたりが出来なかったのが(そもそも余り人がいない。)、少し残念といえば残念でした。

実はこのお店、落ち着いて食事ができるのと、窓際席から眺められる夜の街並が綺麗だったので、明後日の夕食にも来てしまいました。その日は赤ワインにステーキと全然ベトナム料理ではなかったけど、おいしかったです。


Bun Cha       2017.12

夕食がこれだけでは寂しいので、旧市街のど真ん中の夜市に行ってみる。洋服店、雑貨店、食べ物屋と雑多な店が並ぶ。昼に通った時はまだ店が出ていなかったので、夜の6~7時頃から店が並ぶようです。
雰囲気はまるで日本のお祭り。こういうところを歩くと、幼少時代を思いだします。
「汚いから食べちゃダメ」なんて親に言われて、恨めしそうに歩いたっけ。


Typical Night Market Shop (1)  2017.12

10mに1店位の割合で、こんなお店が並んでいる。
(この写真のお店の串焼きは最高に美味しかった。)
こんなところでと感じる人もいるかも知れませんが、むしろこういうのが好きです。
目の前で十分火を通してくれるのですから、衛生面も全く問題ないでしょう。

1本頂戴   えっ1万ドンって、、、50円!?


Typical Night Market Shop (2)   2017.12

鶏、豚、牛とそれぞれ串焼肉的なものがありました。シンガポールでいうサテーでしょうか。
ぶらぶら歩きながら、あちこちで1本頂戴!は最高ですね。
本当は缶ビールを飲みながら歩きたかったのですが、当然、自販はなし。
ミニスーパーのようなところは冷えてないし。歩きビールは出来ませんでした。

ベトナム料理、結構いけるよ‥‥‥

混沌の Hanoi 旅行記(6)孔子とホー・チ・ミン

このあたりには見どころが集中しているので、なるべく一筆書きルートになるように考えながら歩く。
次は文廟(ぶんびょう)、ベトナムに8つある世界遺産の1つ。
世界遺産だから必ず素晴らしい訳でも無いのですが(特に、マカオ)、すぐ近くまで来ながら通り過ぎたとなると、後日、TV等で映った時、なんで行かなかったのだと後悔したりする。なんだかんだ言っても、一つの目安ではあるので、ここは余りひねくれないで素直に従っておく方がいい、私の経験上。

(Tips 5)個人旅行でも、世界遺産は回っておいて損はないと思います。


文廟 2017.12

文廟とは、あの孔子様を祀ったところで、ベトナムで最初に大学が開設されたところだとか。日本でいえば、大宰府天満宮のようなところかな。
いかにも中華風の建物で孔子像にも御対面。本殿奥に、亀の上にお墓のような石碑が立っているものが何十もある。近づいてみると、科挙試験合格者の氏名が刻まれている石碑だった。


科挙合格者の石碑        2017.12

科挙(かきょ)とは、中国のいわば高級官僚試験。これに合格し天子様に仕える官僚になった人は、一生涯、地位、名誉、富が保証され、末代までの栄光となったとか。そのため十数年の浪人生活も厭わなかったという世界最難関の資格試験(何と千三百年続いた。)。司法試験なんて目じゃないよ。
試験は個室に缶詰で何日間かに渡り、合格するために、食料用に持ち込んだお米1粒1粒にカンニング内容を書いたとか、カンニングペーパーを体内に入れて(どうやって?)試験部屋で回収して使ったとか、試験官を賄賂で買収したが、それが発覚して数十人が死刑になったとか、それはそれは想像を絶する物語があったということを読んだことがあります。

だから、その合格者名は、石碑に刻まれて数百年間も保存されている訳か。中国というのはとんでも無い国だ。おっと、ここはベトナムか。でも、ハノイから100km強で中国ですから。ベトナムの史跡を回っていると、中国文化の影響を色濃く受けているのがよくわかります。


House Of Ho Chi Minh     2017.12

続いてホーチミンの家。ベトナムに来る人でホーチミンをまったく知らない人はいないと思いますが、その崇拝のされ方は尋常ではない。聖徳太子と徳川家康と伊藤博文と山本五十六を足して4で割ったような位置づけなんでしょう。なにしろこの人がいなかったら、いまのベトナムは無いのですから。

公園入口のひと際高い石段に建立されているのがホーチミン廟。ホーチミンの遺体が安置されている場所。共産圏の国では、レーニンにしても遺体が防腐処理後、そのまま保存してある。何か思想に関係するのかと思ったけど、ホーチミンの遺書には個人崇拝につながるとして、このようなことには止めてくれと記述してあったとか。


ホーチミン廟 2017.12

ここまで来たのだから、せっかくなのでホーチミン廟でご遺体と対面してみよう。内部はカメラ禁止はもちろんのこと、私語も禁止と言う厳粛な場所だ。これだけ有名な場所なのだから、長~い列があるに違い‥‥‥どこにも列がないよ。扉らしきものはあるのに誰も並んでいない。もしやと思い、あわてて歩き方を読むと、小さな字で書いてありました。「公開は午前中のみ」と。


特に、ホーチミンの遺体を見たかった訳ではありませんが、見れないとなると急に残念になるのが凡人か。ま、こういうこともあるさ。
ちなみに、曜日によって休館日があったり、メンテナンスの閉館があったりと色々あるようですから、個人旅行で見にいく場合は事前に十分情報収集した方がよさそうです。興味があるかどうかはともかく、まるで赤の広場のようなだだっ広い広場をテクテク歩いてホーチミン廟に向かうので、着いてから公開してないことに気が付くと結構がっかりするので。


Un Flated Road 2017.12

半日で、かなり史跡を見て回ったので、旧市街に戻ろう。
ハノイのロケーションは別の回に書く予定ですが、ホアンキエム湖という小さな湖(大きな池と言った方がぴったりする。)が中心になります。ここから約1km。タクシーならあっという間ですが、なんとなくタクシーにビビっていたため、歩いて戻る。

何しろ、自作ガイドブックに貼ったAクラス、Bクラスのタクシーが全然通らない。旧市街に近づくと道によっては、歩道はガタガタ。車道はもちろんバイクの洪水で歩き難いことおびただしいところを、結局1日で2万歩超、歩きました。余計なことを考えないでタクシーを利用するのがいいと思います。この距離なら、倍額ぼられても全然大したことないし。

でも、初めての国の市街を歩くのは興味深い。ましてやベトナム、
こんな風景や


Multi‐Trading Lady 2017.12

こんな風景、日本じゃ絶対に見られませんから。


Mobile Pineapple Shop 2017.12

(Tips 6) 意外と、世界遺産より途中の市街を歩いたのが思い出に残っていたりする。

旧市街中心部に入ると排気ガス臭くて、マスクを付けて歩くのが少々手間ですが。

1度、ホテルに戻ってお風呂に入るか‥‥‥

ベルベットイースター(1973) By 荒井由実 Coverしてみた 冬休みの自由研究

この冬、松任谷由実の作品がYouTubeで聞けるようになったのを機に、改めて聞きなおしてみました。まさか荒井由実のカバーをするとは思いませんでしたが、まず聞きながら読んで下さい。リズムトラックはいつのもBIABで、スタイルは「カントリースイングペダルスチール」。
この曲の冷たい空気感の再現。原曲は、私は教会の中でのコラールを連想するので、カバーは、アメリカ西部の砂漠の1軒屋の焚き火をイメージしました。


Backing Movie:Helsinki,Finland 2018.8
Guitar: Gibson Les Paul Studio 2004 Oil Finish
Keyboard:Korg Toriton Le
Backing Rhythm Track:BIAB

バリバリジャズの人、あるいはクラシック畑の人が松任谷由実の曲の分析をしているブログ記事を時々みかけます。楽器をやっている人なら、彼女の曲が音楽的に面白いなと思ったことが1度はあるのではないでしょうか。

彼女の曲の魅力は、一言で言えば、お洒落なコード進行とポップスの王道を行った旦那様のアレンジとあの声の取り合わせかと。他のボーカリストに書いた曲は、むしろ純粋に曲の魅力が発揮されてよりわかりやすい。(もちろん、オリジナルにはオリジナルの味があります。)

それから、大人になって気が付きましたが詞も素晴らしい。
私は、ボーカルの曲を真剣に聞いていても、どうしも歌詞よりコード進行やフレーズに耳が行ってしまって歌詞を聞き取れない。このため歌詞で好きになるということはなかったのですが、あらためて聞いてみると、君が死ぬほど好きだとか、夢を追って歩いていこうなんていう、巷のペラペラな歌詞とは、まったくクオリティが違う。1曲1曲が短編小説なんて言われてますが、本当にそう。「セシルの週末」なんてこの歳になって聞いても(この歳だからか?)、ジーンと涙腺が緩んでしまうもの。

彼女の曲との出会いは今でも鮮明に覚えています。
日本のポピュラー音楽なんて、歌謡曲かフォークソング位で聞くに値しないと中高時代ずっと思ってた。大学に入り、一緒にバンドをやっていたジャズ好きの友人の家に泊まりに行った時、「これ聞いたことある?結構いいよ」と貸してくれたのが「ひこうき雲」荒井由実1st。それまでも彼女のヒットチャートの曲は少し聞いたことがあったので、同類だろうと家で聞いてみて驚く。
自分がそれまで聞いていた洋楽とは違うし、馬鹿にしていた日本のポピュラー音楽とも全然違う。これが日本人の音楽を真剣に聴くきっかけでした。
(以上、大学時代の思い出、終了。)


Tampereen Tuomiokirkko Tampere, Finland 2018.8

「きっと言える」なんて、どこにでも転がっている歌謡ポップスかと思うと、Aメロの中でどんどん転調していく。なんだこれはと思っていると、サックスのこれも転調を生かしたソロが入ってくる。(今では驚くほどのことはないかも。でも70年代後半にフュージョン系ポップスが津波のように入ってくる前は、こんな曲とアレンジを思いつけるのは、輸入盤の洋楽を山ほど聴いてきた人しかいなかったはず。)自作の詞にありきたりのコードを付けた曲とはあきらかに違う。相当凝ったことをやっているのに、全体は流れるように自然なタッチでかっこいい。73年の1stの中の1曲だとは驚異的です。

(余談)「返事はいらない」はまったく売れなかったデビュー曲。いかにものアメリカンポップス崩れの曲。これじゃ売れないな。そもそも1stの中で一番荒井由実らしくない曲だし。シングルにこの曲を選んだレコード会社のセンスに驚きです。彼女の曲が理解できなかったのでしょうね。

驚いた曲の1つが「ベルベットイースター」
Aメロは、半音ずつ下がっていくベースの中で同形のメロディが動いていく。
クラシックの対位法がモチーフなのか?シンプルなのだけど、なぜか頭から離れない。
最初の8小節を載せておきます。(前小節からのシンコペーションに注意です。)
この主旋律と伴奏、いいですねー

ベルベットイースター8

サビの EbM7⇒Dm7 という動きでパーッと世界が広がる。歌詞に中々気が回らない自分も「空がとっても低い、天使が降りてきそうな程」って、すごい歌詞だなと感じました。映画の1シーンか?
原曲の空気感が余りに素晴らしく、研ぎ澄まされた冷たさがあります。
このアルバムは後追いでしたが、1973年の発表ってほんとに凄いと思います。

実はコピーして譜面に落としてみたのは、ずっと後でした。Aメロと同じコードだと思っていたBメロ(サビの直後の8小節)が、Key=Cmではなく Key=Gmになっていると知ったのもその時。
サビのバックにオルガンが入っているのを意識したのもこの時。オルガンといっても、70年代末にはやった、ディストーションをかけたりパーカッションを加えたハモンド的音色ではなく、レトロな音色のオルガン。(機種は何だ?) オルガンを入れるとレトロな味わいになる、はっきり言えば古臭くなる。でもそれが絶妙にマッチしている。荒井由実はプロコルハルムが好きだと言っているので、彼女の発案なのか、その話を聞いた松任谷正隆のアイデアなのか。

このアルバム、彼女のブリティッシュ好みと、バックのティンパンアレーの(多分、鈴木茂の)アメリカンポップス嗜好が合ってないという人もいるけど、この曲は明らかに荒井由実テイストでアレンジされ大成功しています。

コーダの前の8小節のインタールード部分もいいなあ。教会の中で聞いているような。
(EPのみの4小節と、荒井由実のスキャット4小節部分。)
ここは、サビと同じく EbM7⇒Dm7 とコードを付けている人もいるようですが、やはりエレピのメロディどおり、Gm/Eb⇒F/D だと思います。(実際は、フレーズを先に思いついているはず。だからコード付けなんてどうでもいい訳ですが。)


Nasiselka Tampere, Finland 2018.8

キーボードでこの曲を弾くと、(当たり前ですが)彼女はこの曲をピアノで作ったのだな、というのがよくわかります。Aメロの音の動きやインタールード部分は、ギターではなかなか思いつかないもの。
そもそもキーボードは、その構造上、自然に分数コードが弾ける楽器。キーボードで左手をオクターブで動かしながら、右手で次々にトライアドを重ねていくという原始的な弾き方がそのまま分数コードになっているとも言える。片手のボイシングはものすごくシンプルなのに、合わさるとフワーッと世界が広がる。いつもの楽器と違う楽器で弾いてみるのは、また違う角度から曲が感じられていいですね。

そういえば、彼女がどこかで「中学生の頃から分数コードの響きに魅せられていた」と言ってました。ずっと心の中で暖めてきたサウンドだったのでしょう。

動画の最初のシーン、麦わら帽子をかぶった少女が街中を走り去っていく姿が、余りに曲にぴったり合って驚きました。

動画を撮っている時には全然気づかなかったよ‥‥‥


松任谷由実のカバーはこちら
悲しいほどお天気(1979) Coverしてみた コード進行の美しさNo.1

混沌の Hanoi 旅行記(5)軍事歴史博物館からタンロン遺跡へ

収容所を後に、北西に向かうディエンビエンフー通りを歩く。
途中、ハノイ駅からの鉄道線路を渡る。ハノイ唯一の幹線鉄道で、ここからホーチミン市行きの列車が出る。なんと30時間かかるのだとか。


Railway To Ho Chi Minh City 2017.12

幹線鉄道といっても1日5便らしいので、ほとんど列車が走ることはなく、線路に向って建っている家が沢山あって、まるで裏道のような感じ。観光スポットになっていて、観光客が入れ替わり立ち代わり写真をとっている。この踏切から線路を歩いて5分でハノイ駅だったので、そこまで行けばよかった。そういえば、タイにもこんなところがあったっけ。


Big Indian Family 2017.12

上の写真の人たちはインドからの観光客の1団。やけに仲がよさそうで、おじいちゃん、おばあちゃんから、父母、子供と3世代か4世代の大家族のような感じ。世界中、時々インド人が大家族で旅行するのを見るよな、と思っていると、その家族の1人が私に向って「おいで、おいで」と手招きをする。

え?私?なに?

ドキドキしながら近寄っていくと意味がわかった。私たち(多分家族)全員の写真を撮ってくれということだった。写真の場所が、丁度幹線道路と交差する踏み切り入り口だったので、記念にということだろう。ずっしり重い日本製の1眼レフを渡され、10人以上はいただろう家族の写真をとってあげた。それにしても、私は写真を撮ってくれとお願いされる時がすごく多い、日本でも海外でも。なぜだろう?


P-47 Thunderbolt 2017.12

ベトナム軍事歴史博物館に入る。入場料4万ドンと聞いて一瞬ドキッとするけどよく考えたら200円か。博物館といっても、大部分の展示は屋外で、そこにずらっと戦車、飛行機、爆弾などが置いてあるだけ。ほんとにただ置いてあるだけなので、手で触るのも自由、向こうの自走砲の上には子供が乗って遊んでいるよ。


The Wreck Of A Shooted Fighter 2017.12

広場の真ん中に、飛行機の残骸が逆さまになって積まれていた。
ベトナム戦争中に、北ベトナム軍が対空砲火で打ち落としたアメリカ軍機で、よくみると撃墜時に女性兵士が駆け上った写真がある。もちろんこの場所のはずがないので、当時の写真をもとに残骸を運んできて再現したのでしょう。ベトナム戦争は、まさに竹やりと鋼鉄の戦いだっただろうから、戦闘機1機を撃墜するだけでも大殊勲だったに違いない。


T34 2017.12

映画で戦闘機や戦車はよくみるけど、近くでみるとその巨大さと重量感に驚く。
プロペラ戦闘機1機でも、ものすごく大きい。裏庭にもずらっと戦車や飛行機が並び、共産圏を代表する世界1有名な戦車といってもいいT34が展示してあった。たまたま裏庭には誰もいなかったので、戦車の上に登ろうと思えば登れたでしょう。ただし、相当巨大な鋼鉄の塊なので、どうやって登ったらいいのか。こんな鋼鉄の塊で殺しあうって、戦争って何なんだろう。

ハノイ観光って、ベトナム戦争の跡地めぐりだけなの?それだとしたら、余り興味が沸かないなと思われた方、ご安心下さい。たまたま道順的に最初の2箇所がベトナム戦争関係になっただけで、この後はほとんどありませんから。この博物館も戦争の傷跡なのですが、先のホアロー収容所ほど息苦しくない。人間を対象にした施設と、兵器を対象にした施設の違いかな。


Imperial Citadel of Thăng Long 2017.12

博物館のすぐ裏が「タンロン遺跡」という世界遺産になっていて、道沿に回って12時前に到着できた。昔のベトナム王朝の城跡で、タンロンというのは時の首都の名前だったらしい。11世紀からこんなところに王朝があったのか。
2005年から発掘が始まったばかりということで、だだっ広い平原に、ポツンと城跡が建っている。やっと案内板が整備され始めたという感じで、城跡の中に入っても解説パネルも少ない。その素朴さがかえって昔の王朝を想像させる。

入り口のチケット売り場、私の前に、バッグパッカー的な若い男性2人。横顔を見ると、ドイツ人かイギリス人かな。他の観光客はほとんどいなかったので、一言、声をかけてみればよかったな。どうせぶらぶら歩くだけなのだから。今更だけど。


Under Excavation 2017.12

正面に見える城跡に登ると、その向こうにさらに昔の建物があった。そこは発掘中ということで立ち入り禁止。世界遺産というくらいだから、今後、徐々に整備が進んでいくのでしょう。数年前は前は発掘されたままの様子だったよ、なんて言えるように今のうちに訪れておくとか。
ベトナムというか、東南アジアの19世紀以前の歴史なんて考えたこともなかったけど、いろいろな興亡があったのだな。

ベトナムというところ、世界史の十字路のようなところだ‥‥‥

Since 2012.9.23
プロフィール

Author:AKISSH
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休日は、You Tubeで好きな曲を見つけて
コピーしたり、カメラ片手に旅を。
世界中を歩いてみたいよ。
(このブログについて)
(5th Anniversary)(その1)
(5th Anniversary)(その2;音源編)
(5th Anniversary)(その3;音源編)

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